母の日

烈子(やすこ)母へ

母が満州で生まれ、江差や函館で育ったことは、ずっと知っていたけれど、改めてその土地や時代を考えると、あなたの歩みがどれほど強く、しなやかだったのかを感じます。
「京都に住みたい」とずっと語っていた母の夢が、今こうして実現していることはどんな自己啓発本の夢を叶える内容よりも身近で説得力がある。

そして僕も、この京都で彫刻をつくりながら暮らしている。
母が願った風景の一部として、同じ空気を吸いながら、自分なりの作品をつくっています。
それはきっと、あなたが見てきた景色や、その中で育んできた価値観が、僕の中でも形を成しているからだと思う。

アトリエの窓から見える庭は、あなたが手をかけてきたもの。
草花を植え、育て、剪定し、その一つ一つを丁寧に大切にしてきたその姿勢が、庭全体に息づいています。
とりわけ椿は、あなたが特に好きだった花で、庭のあちこちにその色を添えています。
椿を絵付けした湯のみを自らつくるあなたの手仕事は、単なる器以上のものに見えます。
その湯のみを手に取るたび、暮らしの中に隠れた美しさを感じるのです。

今、弟子たちは皆それぞれに立派な芸術家となり、巣立っていった。
その姿を見守り続けてくれたあなたの支えがあったからこそ、僕たちはここまで来たのだと思います。
お弟子さんたちがどこにいても、あなたの手仕事が、あなたの庭が、いつも背後で彼らを支えているのだろうと僕はおもう。

今日は母の日。
花を贈るでもなく、何か特別なことをするわけでもないけれど、ただ、アトリエの椅子に腰をおろし、庭を眺めながら、母への感謝の気持ちをそっと抱いています。
この庭の空気の中に、母の時間がしっかりと息づいている。
それは、言葉にできないほど深い、根のようなものだと思う。

母がいてくれたから、僕がここで彫刻をつくることができている。
そしてこれからも、あなたが歩んだその道を大切にして、彫刻と向き合っていきたいと思います。

ありがとう、烈子お母さん。

太郎